脛骨高位骨切り術 術後12か月抜釘後5週間

抜釘手術が終わって早いものでひと月ちょっと経過した。膝関節周囲に劇的な変化は無いものの、伸展位に不満があった件は、腸腰筋や大腰筋(主に右側)をリリースすることで変化が見られた。所謂「骨格に立つ」姿勢が右脚でも可能になってきたということで、これは誰にも詳しく話していなかったが、ずっと願っていたこと。日常生活の張りにつながっていると思う。もちろん無理して急いで歩いたりすれば少しは痛みは出るが、ゆったり歩くのであればそこそこ距離を歩けるし、以前に比べて脛の腫れもひどくない。さすがに、仕事を終えて帰宅した時は多少の腫れはあるものの、脚を椅子に載せて10分も休んでいれば引く程度の腫れ。後は駄目押しでアイシング。これは半永久的にやることになるだろう。

日常生活面では、やたら生活臭がする話で申し訳ないが、庭に出て洗濯物を干して部屋に戻る時、無意識に手術した右脚を先に部屋側に載せて上がっていることに気が付く。無意識に脚が出ているので、これはもう細胞レベルで完治に近づいていると言えなくもない。来週、レントゲン撮影でボルトの穴(10箇所)がどのぐらい塞がっているかが楽しみだ。

先日、長らく使用してるビーチサンダルを見て驚いたのだが、左側の外側が異常にえぐれた感じですり減っていた。そのサンダル自体、膝の痛みが顕著になってからと術後は履いていないから、痛みが無かった頃に履いていたものと思われ、痛みが無かった時にすでに左脚優位、それも外側荷重で歩いていたのだ。これでは左脚の腸脛靭帯、外側広筋が常に緊張している訳で、緊張をリリースしてやるなどのケアをしっかりやっていないと、いすれは左膝にも症状が出てくるのではないかと恐くなった。

最近気になっているのが左の腸脛靭帯、腸腰筋の過緊張だ。ストレッチしても一向に緩まないこれらの筋肉。歩行にも悪影響なので、今の一大課題となっている。

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脛骨高位骨切り術 術後12か月抜釘後2週間

チタン・プレートを除去して2週間。21日の手術を受け、23日に退院。そして25日に職場復帰を果たしたが、この時には痛みも無く快調だった。だが、職場の都合でその週が強制的に休みになり、自宅待機していたのだが、この間に痛みが激しくなってきた。膝関節ではなく、膝の裏、特にふくらはぎの膝に近い部分が硬くなって伸びないのだ。平坦な所を歩いていると、膝関節が完全伸展しないせいか、膝折れのような状態になることがあり、不安な気持ちになった。

2月1日に職場復帰したが、この日は痛くて痛くて。まさかの時のために松葉杖を片方だけ持って出勤したが、脛骨高位骨切りの手術を受けて職場復帰した頃ぐらいの痛みがある。1年前の状態に逆戻りか?不安を抱え、退院後初めての外来診療で、「プレート外すと、一定期間痛みは出ますよ。でも、その内消えるから」とサラっと言われ、その気になっていると、徐々に痛みが・・・なんて簡単にはいきませんでしたが、ロキソニンを呑んでやると痛みが引くので、歩行には支障がない状況。でも、よくよく考えてみたら、プレートを固定するために長短10本のボルトを脛骨に打ちこんでいるのだ。それを除去したら空洞が残るわけで、これがふさがらない限り膝関節下の脛骨が安定しないのは当然。よって術後痛いのは当然ということで、やっと精神的に落ち着いた。

プレートが入っている時は前脛骨筋が硬く張っていたが、除去後は硬さが取れ(それでも硬いが)、ふくらはぎの張りが顕著になってきた。ストレッチを欠かさないようにはしているが、それよりも、歩いた後は15分ぐらい足を高いところに載せて休むなどする方が良いのではないかと感じている。帰宅して素足で過ごしていると、膝回りやふくらはぎの腫れが引いてくるので、やはり歩くことが相当な刺激になっていることは確かで、これに加えて、ストレッチを行なうと、微細な筋肉繊維の損傷を引き起こすだろうから、多用しないようにすることを決めた。それよりも、座った状態でカーフレイズをしてやったほうが、血管のポンプ作用に働きかけるので、この方が腫れを鎮めるには効果的ではないかと思う。しかしながら、これもやり過ぎないようにしないと。

3日(水)は松葉杖無しで出勤。歩きは変な格好だが、つま先の方向は左右同じで、跛行していないので、まあ安心した。帰宅途上も痛くて、階段を降りるのは遠慮した。上がる時も、大腿四頭筋の膝関節に近い部分がギシギシする感じだ。だが、買い物中に急に膝関節が緩んできて、多少なりとも骨格の上に立てるようになった。まあ、これは一瞬の出来事だと思うようにして、日にち薬だと考え、毎日1ミリづつ良くなっていくのだと信じ、地道に回復に勤めようと決めた。

余談だが、私が受けた脛骨高位骨切り術は、https://www.kawada-seikei.com/hto に紹介されているDistal-Tuberosity Osteotomyという手法で行われており、従来のProximal-Tuberosity Osteotomyの弱点である①膝蓋大腿関節の位置の変位②膝蓋骨低位③Q-Angleの変化④膝蓋腱周囲への侵襲などの懸念材料が払しょくされる優れた術式なのだ。外来診療でそれとなく執刀医に尋ねたところ、Distal-Tuberosity Osteotomyだと知り、この件でも気持ち的に前向きになれたことを付け加えておきたい。


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脛骨高位骨切り術 術後12か月 やっと抜釘手術!

2020年1月29日に脛骨高位骨切り術により、右脛骨の膝関節に近い部分を切り込みを入れ、グッと開いたその隙間に人工骨を埋め込み、チタンプレートで脛骨を固定する手術を受けた。開く角度は171度。これは大腿骨と脛骨の正中線(専門用語ではないので失敬)が1771度ということであり、相当きめ細やかな手術であるのだ。ただ、実際動画(つまりボカシ無しの本物映像)を見ると、日曜大工っぽいオペであることも感じる、そんな手術なのだ。

ググればわかるので、細かな説明は省くが、171度にすることで、それまで右の膝の内側の関節にかかっていた負担を逃がすことができ、摩耗しているとされる軟骨の再生処理と相まって、抜釘後は相当快適な生活を送ることが可能だそうだ。ただ、チタンプレートが人間の身体と相性が良いとはいえ、異物には変わりなく、これに通常より敏感に反応したであろう自分の身体は、ところどころに歪が見られ、右の脊柱起立筋、広背筋、左の腸脛靭帯、鼠径部の不具合は1年続いたのだ。

2021年1月20日入院。10時に到着すべきところ、11時と勘違いしていて遅刻。それでも、焦っても仕方が無いと腹をくくり、「遅れます!」と病院に連絡。堂々と40分遅れで入院手続きを終え整形外科6階東病棟へ。迎えてくれたのは、前回の手術の時に嫌な印象を持った看護師(女)だった。言い方が嫌味っぽくて、癇に障るのだ。それに言わなくていい一言が多い。当時、同部屋だった男性患者も似たような思いを持っていたようだ。どこにでもああいう人はいるもので、今回は気にしない、あまり関わらないようにしようと決めた。

さて、手術より心配なのが血圧だ。前回は170-100ぐらいの血圧で、さすがにその値では全身麻酔など不可能ということで、延期。2週間循環器内科で血圧治療を受け、めでたく本来の手術となった経緯がある。果たして血圧は?担当の看護師さんも事情を知っていたのか、「よかったですね、129-87ですよ!」と笑顔。この数値で一気に肩の荷が下りた気がして、急に眠くなってしまった。

手術は21日午前9時から。8時には手術着に着替え、お迎えを待つ。執刀医の先生が「今日はよろしくね」と挨拶に来られた。相当高名な名医だが、とても気さくな方だ。もっとも尊敬できるのはネガティブなことを一切言わないことだ。脛骨高位のこの手術を躊躇なく受け入れたのも、この先生の人柄によるところが大きい。

今となっては手術直後のことは記憶に無い。確か、腹が空いただとか発したのではなかろうか?前日は夕飯の後は何も食べず、お茶だけ。朝は抜きなので、ほぼ胃には何も残っていないはず。カステラぐらい消灯前に食べておけばよかった。

部屋に戻り3時間ほど人工呼吸器を付けて寝たままでいなくてはならない。正直、この時間が一番苦しい。動いてはダメで、当然トイレにも行けない。今回も尿瓶を使わせてもらい2回ほど用を済ませた。特段、水分を摂取していなくても案外大量の小水が出るものだなと再確認。通常、小便器に向かって済ませるだけで、瓶に入れるなんてないからね。検尿の時以外。

1回目の手術と同じ個所を切開して、脛の骨を固定していたチタン・プレートとボルト10本ほどを抜釘。当然だが、ボルトが入っていた箇所は穴が開いているし、プレートが付いていた辺りは他の箇所に比べて化骨が進んでいない。完全に穴が埋まるまでにはどのくらいかかるのだろうか。また、切開した箇所の皮膚のツッパリにより、膝関節の屈曲が術前より相当悪くなり、痛みも抱えることになった。まずは、リハビリで覚えた膝関節周囲の皮膚を柔軟にするマッサージと膝蓋骨を上方に引っ張り下腿の伸展、屈曲を行なうしかない。屈曲時に膝回りがグキグキ音がするが、決して嫌な感じはしない。

術後1回外来受診をしたが、傷口の確認はせず。抜糸はいつですかと尋ねると、抜糸は無いとのこと。中で縫い合わせて、上皮は縫い合わせていないのだと。次回、詳しく尋ねる必要があると思い、深い質問は避けた。縫合した半月板の回復具合は良好で、関節軟骨がところどころ再生してきている様子が内視鏡検査で撮影した画像で確認できた。だが、これが軟骨だと説明されなければ何が何だかわからんというのが正直なところだ。

術後感じたのは、膝関節の伸展位が伸びたこと。これで骨格に体重を載せて立てるようになれたわけだが、どうしても四頭筋優位の脚の運びになるため、四頭筋や内側広筋が非常に張りやすい。こうなると膝周囲の筋肉が硬くなり、膝の伸展を阻むことになる。普段から伸展位に気を配ることと、膝に近い部分の四頭筋や内側広筋を毎日解すように心がけるしかない。

プレートを外した今が本格的なリハビリの始まりだ。気持ちをポジティブに保ち、元の動きを取り戻すために精進してきたい。


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脛骨高位骨切り術 術後11か月

2020年12月末で術後11か月経過したわけだが、その12月中に正式に抜釘手術の日程が決まった。2021年1月7日だ。だが、執刀医からよんどころない事情で延期となり、21日が術日となった。延期の理由は東京逓信病院のホームページを検索して読んでいただくとして、こちらとしては血圧のコントロールという意味では、正直助かったというのが本当の所。年末年始と酒の日々だったため、恐くて血圧など計測していなかったので、予定通り入院して、術前検査で高血圧で手術延期という笑えない状況をなんとか回避できたわけだ。

つい先日、恐る恐る血圧を測定してみたが、139-91で、思ったより低かった。もちろん帰宅後食事を終えて、部屋で待ったりしている時の数値なので、病院のベッドで測定した場合にどう出るか計り知れない。せいぜい、処方してもらった薬で下げておくしかないというのが現状できる最大限なのだ。

さて、本日1月20日(水)の午前3時前。10時までに病院入りしなくてはならないが、早く寝ても結局夜中に起きてしまう。やはり手術を前にして少々エキサイト気味なのか?パワーリフティングの試合前のあの緊張感とは少し違う感覚なのだ。要するに、試合は頭の中でシミュレーションできても、手術はそれが出来ない。自分でやるわけじゃないしね。

さて、術後の入院日数だが、執刀医の話では3,4日で退院できるだろうとのこと。但し、全身麻酔での手術なので、一定の危険性は免れない。ここは執刀医を信じて身をゆだねる以外に道はないのだ。

退院してまもなく緊急事態宣言が解除されるだろう。そうなれば宣言期間中休業している新宿三丁目のパブも営業再開するだろう。そうなれば不良外国人の面々と再び会えることになる。リタイアして悠々自適の連中は、高田馬場で葉巻の吸える店を見つけて楽しんでいるようだが、退院後にパブが再開するまでの期間、高田馬場まで行ってみようかと考え中。

酒の話になって筆が進んだ(笑)


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脛骨高位骨切り術 術後10か月

11月末で術後10か月を迎え、12月に入って術前検査を受診。病院内を上へ下へと歩き回らされて、調子のよかった右膝が痛くなった。ただ、痛くはなっても腫れることがほぼ無いので、良い傾向だと思ってはいる。術後間もない時期から半年ぐらいまでは、帰宅すると膝の周囲が腫れていて、氷嚢に氷をたっぷり入れてガンガン冷やすのが日課だった。家にいても、何故だか腫れている時があって、テレビ観ながらガンガン冷やすことだけはずっと継続してきた。氷嚢を膝に固定したのは良かったが、そのまま寝てしまって、なぜだか氷嚢の口が開いてしまい、マットレスが池と化したのが懐かしいぐらいだ。

術後10か月の膝の状態は、手術直後では想像できないぐらいに回復している。特に階段を下りる時につま先から地面について荷重し、次に踵が付くフォームが復活してきており、階段を昇る以上に複雑な身体動作がここまで回復してきていることに驚きと喜びでいっぱいの今なのだ。階段の昇降で降りる動作は、筋肉が引き伸ばされながら筋力発揮をするのであり、現在自分の体重を全部右脚に荷重することができているのは、すでに完治の域に入ったと言える。もちろん飛んだり跳ねたりはまだしていないが、これはもっと先でも良いと思っている。

こうなると本格的にリハビリからウエイトトレーニングに移行する時期では無いかとさえ思えてくる。ただ、抜釘手術前の大事な時期に、たとえ上半身だけであってもトレーニングをすることで、身体へは過負荷となるはずのので、術後の楽しみとして取っておこうと思う。

さて、その抜釘手術は年明け早々に実施される。手術より厄介なのが血圧だ。脛骨高位骨切り術の前の検査で、血圧が高いという理由で2週間延期になった経緯がある。抜釘手術はメインの骨切り術よりは簡易な内容だが、やはり全身麻酔を施すので、甘くは見ていられない。年末の時期、何かと酒が入る(と言っても普段からそういう生活だが)。膝のコンディション以上に血圧のコントロールが急務だ。

脛骨高位骨切り術 術後9か月

10月末で術後9か月となった。ここ1週間ほどで膝関節の伸展に進捗が見られ、足を踏み出し、荷重して蹴りだす過程で、膝の裏の伸展感覚が左膝の具合と遜色ないぐらいに回復してきた。もともと、交通事故の後遺症で右ひざの伸展制限が多少あったのだが、それ自体を払拭してしまうぐらいの回復ぶり。ただ、膝蓋骨の動きが左のそれに較べて多少の制限がある。膝蓋骨、いわゆる膝の皿の左右の動きは申し分ないが、上下の動きがイマイチ。膝の屈曲で膝周りにツッパリ感が残っているのも、一つの原因だが、今後は屈曲制限突破にも心血を注がねばならない。伸展位の回復より、屈曲位の回復の方が取り組みやすいが、無理やり正座するなど、酷使する手法は、決してやりたくない。

さて、11月24日に2か月ぶりの整形外科受診となる予定だが、この日に手術日の決定をしなくてはならない。年末は忙しないので、正月明けの4日あたりにしようか思案中。その週だけ入院して翌週から職場復帰できるし。

チタンプレート外しても、ボルトを入れた骨はそこだけ空洞になるはずで、これがしっかり化骨するにもそこそこかかるだろうから、喜びのあまり飛び跳ねたりしないように気を付けないと。

脛骨高位骨切り術 術後8か月

術後8ヶ月経過。

経過は良好であるが、たまに内側広筋が固くなって、伸展がしっくりいかないことがあるが、日常生活においては全く支障なく生活できている。だが、階段の昇降はなるべくしないようにしており、特に出勤時は極力エレベーターを使うようにしている。朝はどうしても急ぎ足になりがちだが、敢えてゆっり歩くことを心がけている。また、出勤後、帰宅後のアイシングは欠かさず行なっているが、職場でこれをしていると「まだ、治らないの?」と心無い言葉を浴びせられるので、黙殺している。

9月29日が術後ちょうど8ヶ月。この日は事前に予約しておいた東京逓信病院に行ってきた。整形外科の前に循環器内科の受診があったが、予約時間を1時間過ぎでやっと名前を呼んでもらえた。たぶん予約者が集中した日だったのだろう。血圧はやたら高く、すぐさま入院してもおかしくないと脅かされたが、医師が率先して入院させる様子もなく、そのまま部屋を出てきた。実は処方された薬は全く飲んでおらず、サプリメントでなんとかしようとしていたのだが、その効果が出る前の診療だった。年末あるいは年明けの抜釘手術までには、手術を受けられる血圧にコントロールしていきたい。

現在、やっているのがノーベル賞受賞者であるイグナロ博士の理論の実践である。https://citrulline.jp/supple/interview-ignaro/ignarro04.html

詳細はURLをクリックして読んでいただくとして、自身が必ず摂取してるのは、アルギニンとシトルリンのサプリメント。まだ1週間程しか経過しておらず、血圧の数値には反映していないが、これまで行なってきた高たんぱく食、糖質制限食に加えて実践している。タンパク質は肉、魚、卵からの摂取でプロテインはよほどのことが無いと使わず、EAAを朝と夜に飲むのみ。他のサプリメントは以前より少なめにしており、毎日摂取はやめた。

ただ、これらをやっていればどんな生活を送ってもいいというわけではなく、ある程度の節制が求められる。飲酒はせいぜい週2回に減らして、アルコールを体内から抜く日を大目にシフトした。だが、飲みに行った日はそこそこ深酒するので、このあたりの制御が急務だ。ここ最近思うのは酒は生活に必要なのかという疑問。もしかしたら不用かもしれないね。

ということで、術後8ケ月の報告です。

脛骨高位骨切り術 術後7か月

筋トレ指南を標榜しておきながら、術後のリハビリに話ばかりでつまらないなと思う人は、おそらく怪我や手術など経験したことの無い方でしょう。自分もこのような状態になるまで、怪我やリハビリなどについては関心が無く、せいぜいコンディショニングに関心があるぐらいでしたから、他人様のことをとやかく言えないのです。

さて、妙な前置きはさておき、8月末で術後7か月を迎えました。なんとか早くよくなって欲しいと前を向いてばかりだったので、1か月目、2か月目はどんなだったのだろうかと、自身が書いたブログを紐解かないと思い出せないぐらいです。やはり人間は苦しく辛い経験は忘れてしまう、いや忘れたい生き物なのだと思いますね。ですが、自分の身体の痛みは忘れても、他人様の痛みは理解してやれる人間でありたいものです。

術後7か月で、まだチタンプレートは脛の骨を固定したままです。ですが、脛を触ってみても、どこにプレートがあるのか判然としないぐらい馴染んでいます。いっそのこと、溶けて骨に変化してしまえば良いのにと思うと同時に、将来そういう材質のプレートが開発されるかもしれないと思ってみたりしています。臓器や皮膚を縫い合わせる糸がそういう材質のものがあるわけなので、骨を固定するプレートがそうならない理由は無いわけです。こんなものがあったら良いなと思う気持ちが新しいものを生むのだと信じたいですね。

なかなか本題に進まないわ(笑)

結論から言いますと、骨の化骨はすこぶる順調です。ただ、縫い合わせた半月板と、軟骨再生加工(ほんとに再生するんかな)をした内側の膝関節の状態は、抜釘(プレート除去手術)時に、内視鏡で検査して初めてわかるはずです。もちろんMRIも駆使してだと思います。

膝関節という複雑怪奇な関節にメスを入れたわけですので、術前(自分の場合は28歳の自の交通事故前)の状態に膝関節が戻るわけではありません。健常な膝に比べて、疲労が溜まりやすかったり、時には腫れたりすれば、適切なケアが必要です。また、長距離を歩いたりは控えなくてはならないはずです。こう考えるとネガティブになってしまいますが、術前のあの膝の痛さを考えると、雲泥の差です。これは考え様で、いかに今の自分の身体の状態を受け入れるか否かが大事。まずは現状を受け入れて、一瞬だけ満足して、さてまたさらなる回復のためにリハビリ頑張るぞ!で良いと思います。

自分の膝関節の疾病は一般的には「変形性膝関節症」です。ですが、これによって死に至るわけではありません。お笑いタレントの名言で「生きてるだけで丸儲け」というのがありますが、今の自分にはこの言葉が妙に刺さります。この症状を得たのも、何かの縁だと思い、一生付き合って行く他ないのです。

https://www.hospital.japanpost.jp/tokyo/shinryo/seikei/owhto.html

東京逓信病院 整形外科 膝骨切り術(ひざこつきりじゅつ)について から引用

脛骨高位骨切り術 術後6か月

7月末に術後半年の経過観察に行ってきました。今回はCTスキャン撮影。ほんの数分で終わるので、早目に行かなくても良かった。次回はおそらくMRIかなと思ったが、MRIは抜釘の前に行なうので、まだまだ先だ。

骨は順調に回復しており、中心部から増殖中、とお話してくれた平岡先生。今後、固定しているチタンプレートが取れると、そこにある程度圧力が加わるため、化骨が加速されるとのこと。つまりは、抜釘後はある程度の痛みや歩行し辛さを覚悟しておかないといけなということだと理解した。

ただ、ここ数週間の間、ふくらはぎがパンパンに張ることが多く、歩行時に脛が痛むことが多く、膝裏も併せて筋緊張が激しいため、これを膝関節の痛みと混同していたようだが、この原因はリハビリラボの理学療法士の診察で判明。ヒラメ筋が異常に硬くなっていたので、これを下腿内旋を意識しながらリリースし、長母指屈筋の一風変わったストレッチを指導してもらった。

その後、歩行時にやたら内側広筋に負荷がかかる状態はなりを潜め、膝裏の軽いストレッチを感じながら歩行できていることを確認。日曜日はそこそこ歩いたが、朝起きた時の下腿の腫れや痛みも無く順調に回復していると実感。見通し明るいな・・・。

以下、指摘された箇所の筋肉について掲載しておきます。

Soleusがヒラメ筋で、自分の場合は右脛骨の内側のそれが硬化していた。

腓骨の途中が起点で、足の親指にまで伸びています。

脛骨高位骨切り術 術後5か月

1月29日の手術から5か月が経過した。カチカチだった膝関節周りの皮膚組織も柔軟性を取り戻してきてはいる。伸展制限を突破することに心血を注いだこの5か月だったが、以降は屈曲にも力を入れていくべきだと感じている。

執刀医からは「入浴時に湯船の中で正座をして、最終的には床の上でできるように」と指導された。脛のプレートも取れていないのに、正座とはご無体なという気分だが、屈曲させることで四頭筋がストレッチされるので、その効果を得るだけでもやる価値はありそうだ。しかしながら、軽くジョギングでも初めてみても良いと言われたのには閉口した。

理学療法士の先生にその件(ジョギング)を話してみたが、「えええ?」というリアクションとともに、勘弁してくれよ・・・的な表情が見て取れた。大病院ではリハビリ科は整形外科の中の組織で、医師の下に位置する。だから、リハビリのメニューは医師の言うとおりにしかできない。よって、理学療法士がいくら「このやり方の方が良い」と思っても、患者に施術できないというジレンマがある。だからこそ、コンディションラボの療法士は病院組織に背を向けたのだろう。

さて、いまだ埋まっているチタンプレートはいつ取れるのだろうか?医師は11月ぐらいにでもできそうだ(今の化骨の進捗状況なら)と言ったが、術後10か月であれば妥当な所だろう。どれだけの入院日数がかかるのだろう?それにも増して、また全身麻酔をするとなると、非常に憂鬱な気分になる。

術後5か月。そうそう書くこともないな・・・。