脛骨高位骨切り術 術後11か月

2020年12月末で術後11か月経過したわけだが、その12月中に正式に抜釘手術の日程が決まった。2021年1月7日だ。だが、執刀医からよんどころない事情で延期となり、21日が術日となった。延期の理由は東京逓信病院のホームページを検索して読んでいただくとして、こちらとしては血圧のコントロールという意味では、正直助かったというのが本当の所。年末年始と酒の日々だったため、恐くて血圧など計測していなかったので、予定通り入院して、術前検査で高血圧で手術延期という笑えない状況をなんとか回避できたわけだ。

つい先日、恐る恐る血圧を測定してみたが、139-91で、思ったより低かった。もちろん帰宅後食事を終えて、部屋で待ったりしている時の数値なので、病院のベッドで測定した場合にどう出るか計り知れない。せいぜい、処方してもらった薬で下げておくしかないというのが現状できる最大限なのだ。

さて、本日1月20日(水)の午前3時前。10時までに病院入りしなくてはならないが、早く寝ても結局夜中に起きてしまう。やはり手術を前にして少々エキサイト気味なのか?パワーリフティングの試合前のあの緊張感とは少し違う感覚なのだ。要するに、試合は頭の中でシミュレーションできても、手術はそれが出来ない。自分でやるわけじゃないしね。

さて、術後の入院日数だが、執刀医の話では3,4日で退院できるだろうとのこと。但し、全身麻酔での手術なので、一定の危険性は免れない。ここは執刀医を信じて身をゆだねる以外に道はないのだ。

退院してまもなく緊急事態宣言が解除されるだろう。そうなれば宣言期間中休業している新宿三丁目のパブも営業再開するだろう。そうなれば不良外国人の面々と再び会えることになる。リタイアして悠々自適の連中は、高田馬場で葉巻の吸える店を見つけて楽しんでいるようだが、退院後にパブが再開するまでの期間、高田馬場まで行ってみようかと考え中。

酒の話になって筆が進んだ(笑)


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脛骨高位骨切り術 術後10か月

11月末で術後10か月を迎え、12月に入って術前検査を受診。病院内を上へ下へと歩き回らされて、調子のよかった右膝が痛くなった。ただ、痛くはなっても腫れることがほぼ無いので、良い傾向だと思ってはいる。術後間もない時期から半年ぐらいまでは、帰宅すると膝の周囲が腫れていて、氷嚢に氷をたっぷり入れてガンガン冷やすのが日課だった。家にいても、何故だか腫れている時があって、テレビ観ながらガンガン冷やすことだけはずっと継続してきた。氷嚢を膝に固定したのは良かったが、そのまま寝てしまって、なぜだか氷嚢の口が開いてしまい、マットレスが池と化したのが懐かしいぐらいだ。

術後10か月の膝の状態は、手術直後では想像できないぐらいに回復している。特に階段を下りる時につま先から地面について荷重し、次に踵が付くフォームが復活してきており、階段を昇る以上に複雑な身体動作がここまで回復してきていることに驚きと喜びでいっぱいの今なのだ。階段の昇降で降りる動作は、筋肉が引き伸ばされながら筋力発揮をするのであり、現在自分の体重を全部右脚に荷重することができているのは、すでに完治の域に入ったと言える。もちろん飛んだり跳ねたりはまだしていないが、これはもっと先でも良いと思っている。

こうなると本格的にリハビリからウエイトトレーニングに移行する時期では無いかとさえ思えてくる。ただ、抜釘手術前の大事な時期に、たとえ上半身だけであってもトレーニングをすることで、身体へは過負荷となるはずのので、術後の楽しみとして取っておこうと思う。

さて、その抜釘手術は年明け早々に実施される。手術より厄介なのが血圧だ。脛骨高位骨切り術の前の検査で、血圧が高いという理由で2週間延期になった経緯がある。抜釘手術はメインの骨切り術よりは簡易な内容だが、やはり全身麻酔を施すので、甘くは見ていられない。年末の時期、何かと酒が入る(と言っても普段からそういう生活だが)。膝のコンディション以上に血圧のコントロールが急務だ。

脛骨高位骨切り術 術後9か月

10月末で術後9か月となった。ここ1週間ほどで膝関節の伸展に進捗が見られ、足を踏み出し、荷重して蹴りだす過程で、膝の裏の伸展感覚が左膝の具合と遜色ないぐらいに回復してきた。もともと、交通事故の後遺症で右ひざの伸展制限が多少あったのだが、それ自体を払拭してしまうぐらいの回復ぶり。ただ、膝蓋骨の動きが左のそれに較べて多少の制限がある。膝蓋骨、いわゆる膝の皿の左右の動きは申し分ないが、上下の動きがイマイチ。膝の屈曲で膝周りにツッパリ感が残っているのも、一つの原因だが、今後は屈曲制限突破にも心血を注がねばならない。伸展位の回復より、屈曲位の回復の方が取り組みやすいが、無理やり正座するなど、酷使する手法は、決してやりたくない。

さて、11月24日に2か月ぶりの整形外科受診となる予定だが、この日に手術日の決定をしなくてはならない。年末は忙しないので、正月明けの4日あたりにしようか思案中。その週だけ入院して翌週から職場復帰できるし。

チタンプレート外しても、ボルトを入れた骨はそこだけ空洞になるはずで、これがしっかり化骨するにもそこそこかかるだろうから、喜びのあまり飛び跳ねたりしないように気を付けないと。

脛骨高位骨切り術 術後8か月

術後8ヶ月経過。

経過は良好であるが、たまに内側広筋が固くなって、伸展がしっくりいかないことがあるが、日常生活においては全く支障なく生活できている。だが、階段の昇降はなるべくしないようにしており、特に出勤時は極力エレベーターを使うようにしている。朝はどうしても急ぎ足になりがちだが、敢えてゆっり歩くことを心がけている。また、出勤後、帰宅後のアイシングは欠かさず行なっているが、職場でこれをしていると「まだ、治らないの?」と心無い言葉を浴びせられるので、黙殺している。

9月29日が術後ちょうど8ヶ月。この日は事前に予約しておいた東京逓信病院に行ってきた。整形外科の前に循環器内科の受診があったが、予約時間を1時間過ぎでやっと名前を呼んでもらえた。たぶん予約者が集中した日だったのだろう。血圧はやたら高く、すぐさま入院してもおかしくないと脅かされたが、医師が率先して入院させる様子もなく、そのまま部屋を出てきた。実は処方された薬は全く飲んでおらず、サプリメントでなんとかしようとしていたのだが、その効果が出る前の診療だった。年末あるいは年明けの抜釘手術までには、手術を受けられる血圧にコントロールしていきたい。

現在、やっているのがノーベル賞受賞者であるイグナロ博士の理論の実践である。https://citrulline.jp/supple/interview-ignaro/ignarro04.html

詳細はURLをクリックして読んでいただくとして、自身が必ず摂取してるのは、アルギニンとシトルリンのサプリメント。まだ1週間程しか経過しておらず、血圧の数値には反映していないが、これまで行なってきた高たんぱく食、糖質制限食に加えて実践している。タンパク質は肉、魚、卵からの摂取でプロテインはよほどのことが無いと使わず、EAAを朝と夜に飲むのみ。他のサプリメントは以前より少なめにしており、毎日摂取はやめた。

ただ、これらをやっていればどんな生活を送ってもいいというわけではなく、ある程度の節制が求められる。飲酒はせいぜい週2回に減らして、アルコールを体内から抜く日を大目にシフトした。だが、飲みに行った日はそこそこ深酒するので、このあたりの制御が急務だ。ここ最近思うのは酒は生活に必要なのかという疑問。もしかしたら不用かもしれないね。

ということで、術後8ケ月の報告です。

脛骨高位骨切り術 術後7か月

筋トレ指南を標榜しておきながら、術後のリハビリに話ばかりでつまらないなと思う人は、おそらく怪我や手術など経験したことの無い方でしょう。自分もこのような状態になるまで、怪我やリハビリなどについては関心が無く、せいぜいコンディショニングに関心があるぐらいでしたから、他人様のことをとやかく言えないのです。

さて、妙な前置きはさておき、8月末で術後7か月を迎えました。なんとか早くよくなって欲しいと前を向いてばかりだったので、1か月目、2か月目はどんなだったのだろうかと、自身が書いたブログを紐解かないと思い出せないぐらいです。やはり人間は苦しく辛い経験は忘れてしまう、いや忘れたい生き物なのだと思いますね。ですが、自分の身体の痛みは忘れても、他人様の痛みは理解してやれる人間でありたいものです。

術後7か月で、まだチタンプレートは脛の骨を固定したままです。ですが、脛を触ってみても、どこにプレートがあるのか判然としないぐらい馴染んでいます。いっそのこと、溶けて骨に変化してしまえば良いのにと思うと同時に、将来そういう材質のプレートが開発されるかもしれないと思ってみたりしています。臓器や皮膚を縫い合わせる糸がそういう材質のものがあるわけなので、骨を固定するプレートがそうならない理由は無いわけです。こんなものがあったら良いなと思う気持ちが新しいものを生むのだと信じたいですね。

なかなか本題に進まないわ(笑)

結論から言いますと、骨の化骨はすこぶる順調です。ただ、縫い合わせた半月板と、軟骨再生加工(ほんとに再生するんかな)をした内側の膝関節の状態は、抜釘(プレート除去手術)時に、内視鏡で検査して初めてわかるはずです。もちろんMRIも駆使してだと思います。

膝関節という複雑怪奇な関節にメスを入れたわけですので、術前(自分の場合は28歳の自の交通事故前)の状態に膝関節が戻るわけではありません。健常な膝に比べて、疲労が溜まりやすかったり、時には腫れたりすれば、適切なケアが必要です。また、長距離を歩いたりは控えなくてはならないはずです。こう考えるとネガティブになってしまいますが、術前のあの膝の痛さを考えると、雲泥の差です。これは考え様で、いかに今の自分の身体の状態を受け入れるか否かが大事。まずは現状を受け入れて、一瞬だけ満足して、さてまたさらなる回復のためにリハビリ頑張るぞ!で良いと思います。

自分の膝関節の疾病は一般的には「変形性膝関節症」です。ですが、これによって死に至るわけではありません。お笑いタレントの名言で「生きてるだけで丸儲け」というのがありますが、今の自分にはこの言葉が妙に刺さります。この症状を得たのも、何かの縁だと思い、一生付き合って行く他ないのです。

https://www.hospital.japanpost.jp/tokyo/shinryo/seikei/owhto.html

東京逓信病院 整形外科 膝骨切り術(ひざこつきりじゅつ)について から引用

脛骨高位骨切り術 術後6か月

7月末に術後半年の経過観察に行ってきました。今回はCTスキャン撮影。ほんの数分で終わるので、早目に行かなくても良かった。次回はおそらくMRIかなと思ったが、MRIは抜釘の前に行なうので、まだまだ先だ。

骨は順調に回復しており、中心部から増殖中、とお話してくれた平岡先生。今後、固定しているチタンプレートが取れると、そこにある程度圧力が加わるため、化骨が加速されるとのこと。つまりは、抜釘後はある程度の痛みや歩行し辛さを覚悟しておかないといけなということだと理解した。

ただ、ここ数週間の間、ふくらはぎがパンパンに張ることが多く、歩行時に脛が痛むことが多く、膝裏も併せて筋緊張が激しいため、これを膝関節の痛みと混同していたようだが、この原因はリハビリラボの理学療法士の診察で判明。ヒラメ筋が異常に硬くなっていたので、これを下腿内旋を意識しながらリリースし、長母指屈筋の一風変わったストレッチを指導してもらった。

その後、歩行時にやたら内側広筋に負荷がかかる状態はなりを潜め、膝裏の軽いストレッチを感じながら歩行できていることを確認。日曜日はそこそこ歩いたが、朝起きた時の下腿の腫れや痛みも無く順調に回復していると実感。見通し明るいな・・・。

以下、指摘された箇所の筋肉について掲載しておきます。

Soleusがヒラメ筋で、自分の場合は右脛骨の内側のそれが硬化していた。

腓骨の途中が起点で、足の親指にまで伸びています。

脛骨高位骨切り術 術後5か月

1月29日の手術から5か月が経過した。カチカチだった膝関節周りの皮膚組織も柔軟性を取り戻してきてはいる。伸展制限を突破することに心血を注いだこの5か月だったが、以降は屈曲にも力を入れていくべきだと感じている。

執刀医からは「入浴時に湯船の中で正座をして、最終的には床の上でできるように」と指導された。脛のプレートも取れていないのに、正座とはご無体なという気分だが、屈曲させることで四頭筋がストレッチされるので、その効果を得るだけでもやる価値はありそうだ。しかしながら、軽くジョギングでも初めてみても良いと言われたのには閉口した。

理学療法士の先生にその件(ジョギング)を話してみたが、「えええ?」というリアクションとともに、勘弁してくれよ・・・的な表情が見て取れた。大病院ではリハビリ科は整形外科の中の組織で、医師の下に位置する。だから、リハビリのメニューは医師の言うとおりにしかできない。よって、理学療法士がいくら「このやり方の方が良い」と思っても、患者に施術できないというジレンマがある。だからこそ、コンディションラボの療法士は病院組織に背を向けたのだろう。

さて、いまだ埋まっているチタンプレートはいつ取れるのだろうか?医師は11月ぐらいにでもできそうだ(今の化骨の進捗状況なら)と言ったが、術後10か月であれば妥当な所だろう。どれだけの入院日数がかかるのだろう?それにも増して、また全身麻酔をするとなると、非常に憂鬱な気分になる。

術後5か月。そうそう書くこともないな・・・。

脛骨高位骨切り手術 術後4か月!

1月29日の手術から4か月が過ぎた。入院中、限られた空間の中、とても生活が楽だったが、一旦退院して娑婆に出ると、さまざまな荒波に揉まれる。当初は戦々恐々としていたが、緊急事態宣言前までは、たまにアイリッシュパブでGuinnessとJamesonを飲みながら葉巻を楽しむなどしていた。松葉杖ついて酒を飲みに来る客なんて、そうそういるもんじゃないだろう。

術後3か月頃には非常に状態が良くなったはずだが、その後軽いギックリ腰の症状が出てしまった。コロナウイルスの蔓延による在宅勤務と自粛生活でストレスが溜まったのかわからないが、身体の油切れ状態を感じた。宮崎台のコンディション・ラボでは右の腰腸肋筋と左の腰方形筋の硬化がぎっくり腰寸前の身体の原因だと言われ、トリガーポイントに刺激を入れていただき、速攻で痛みが消えたのだが、ファンダメンタルが脆弱なため、鍼治療を数回受けて、まあなんとか回復基調になってきたというところ。

専門的な話になるが、左の正常な膝関節の動きに比べて、右膝(手術した側)は下腿の内旋が左の下腿ほどできないため、歩行時に不都合な動きとなり、大腿部外側に疲労が溜まりやすくなっており、先に述べた背中の筋肉の硬化も手伝って、その症状を加速させていた。で、まずは内旋の動きを意識して行う運動を2,3程試してみたが。やり過ぎてかえって痛みが増した(笑)

今の課題は縫合した傷口周囲の皮膚の柔軟性を回復させること、膝上の脂肪体を良くマッサージして、膝の伸展位をさらに確保することだ。一旦は左と同じ伸展位になるものの、調子に乗って歩くとまた腫れて元に戻ってしまう。でも、一旦は完全伸展したのだから、すでに身体はそれを覚えているわけだから、めげずにリハビリをやっていくしかない。理学療法士の先生からは「歩き過ぎ!」と言われているので、出勤日は仕方が無いにしても、休みの日は極力歩くことをしないようにしようと思う。医師からもまだまだ歩いて回復させる段階ではないと言われているので、自己判断しないでやって行こうと思う。いつかは治るわけですから。

再開したジムもあるようで、早速入会してと思ったけど、わざわざ感染のリスクを冒す必要も無いと思うので、当分は自粛します。もう一部屋あれば危惧購入してトレーニングするんだけどね。

脛骨高位骨切り手術 退院後の状況

3月14日(土)に無事退院しましたが、退院日が雨ということで、これからの困難な道の暗示を感じました。ただ、困難は努力してなんとかするものであると思っているので、覚悟をする意味では良い天気だったのだと思うことにしました。

退院の翌週火曜日に外来診察。当日は循環器内科も受診しましたが、各種検査が3件ほどあり、レントゲン撮影含め、検査室と外来を行ったり来たりさせられて閉口しました。院内は松葉杖でも歩きやすいので、外よりはましですが、余計に歩くことは今の段階では控えたいのです。まだ骨が化骨していないのですから。

循環器内科受診の件は、すでにブログに書いたように、術前検査で高血圧、心臓左心室異常、低カリウム症が見られたため、それらの治療を先に行う必要があったからであり、退院後の整形外科の外来診察日に一緒に、ということになったのです。

血圧は140-80と少し高め。医師からは血圧計を購入して、起床後に測定し、メモしておくように指示されました。処方された薬は入院中と同じですが、ケーサプライというカリウム薬が町内の薬局には無いため、バナナを食べるように薬剤師から言われました。病院に問い合わせたようです。バナナは好きですが、果糖の塊ですので、サプリメントで摂ることにしました。

手術については全く問題無く終えられたので、後は縫い合わせた傷口、いえ、医療用のホチキスで留めた傷口からの感染症だけが一番の注意点で、毎日傷口は医師の診察を受けました。何がいけないのか、なかなか傷口がふさがらず、退院してからもまだ上皮が開いたままです。風呂には入れませんがシャワーはOKなので、ガンガンお湯をかけまくっています。もちろん入浴後はゲンタシン軟膏をたっぷり塗ってお休みです。

さて、一番の気がかりは膝関節の伸展、屈曲です。医師からは伸展制限について早めに完全進展位を獲得しておかないと、伸びないままになると言われ、また「麻酔中は完全伸展したんだから」と言われ、その気になりましたが、麻酔中なら当たり前ですね(笑)それでも、伸展については膝裏の硬化よりも膝蓋骨周囲の硬化がブレーキかけていると感じていたので、それほど焦ることなく構えていました。入院中のリハビリは筋力を落とさない、保つための種目が多く、後半になって初めて半膜様筋のリリース手技が受けられただけで、もう少し早い段階で受けたかったですね。残念。

で、外来時にリハビリも受ける予定だったのですが、医師からの指示は無く、リハビリの先生からは「先生の指示が無いとダメなんですよ」とのこと。後で感じたのだが、病院勤務の理学療法士は自ら手技を磨く機会はあっても、それを発揮する機会は無いのかなとも感じました。

そこで、退院後のリハビリは自分で見つけなければならず、まずはかかりつけの整骨院の院長に連絡しました。退院する週の水曜日にやっと返事が来ましたが、まさに半膜様筋の件をお話しされていて、やはり名治療家だと思いました。それでも、もっと良い施術をお求めて検索していたところ、川崎市にある施術院の動画に出逢いました。ピンときた私は早速メール。3月19日(木)に受診しました。

この治療院で受けた手技はまさに目からうろこで、あれほど伸びなかった膝がスパンと伸びてしまいました。特に膝裏の伸びが著しく、驚き桃の木山椒の木、ブリキに狸に蓄音機って感じでした。それでも膝の前の硬さはリリースされておらず、この箇所については電気工事用の手袋を装着して、硬くなった皮膚をガシガシ動かす手技を行ないました。関節の中はともかく、現状、膝周囲の皮膚表面が硬いゴムのようになってしまっています。これは今回の術後に現れたものより、以前から硬くなっていた箇所でもあり、手術以前に解しておくべきだったと反省。

すっかり伸びた膝関節で気持ちよく帰宅しましたが、緩んだせいか、関節の痛みが襲ってきました。ですが、そのまま帰宅するのももったいないので、九段下まで行き、都営線に乗り換え新宿三丁目まで行きました。そこからは葉巻を買い、アイリッシュパブへ繰り出したのです。そんなコンディションでアルコール?と言われそうですが、週に2回ぐらいなら許そうと思います。若い時のように毎日飲んでいた頃から比べると酒量はグッと減っているのです。

次回は3月27日(金)に受診です。さて、どんな手技を受けることになるのでしょう。非常に楽しみです。

※動画は自宅でセルフでできる手技として紹介された内容です。誰にでも当てはまるというわけではないと思いますので、試される場合は自己責任でお気をつけて行なってください。

https://www.youtube.com/watch?v=CGic32QqZ-I


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脛骨高位骨切り術の術後経過について

無事、正常とされる血圧(130-70程度)に落ち着き、一旦退院した後再入院し、1月29日(水)午前9時過ぎに手術室へ入室。当初30日(木)のはずだったが、27日(月)入院時に「水曜日になりました」と看護師からサラっと言われ、「じゃあ、夜「相棒」観れるかな」とどうでも良いことが心配になった。今となっては観たかどうかさえ記憶にない。

メインの手術は右脚の脛骨の内側、膝関節に近い部分を文字通り「骨切り」して、その箇所をグイっと広げる。見た目(見たことは無いが)楔の形になる。そこで、荷重が大腿骨、脛骨の中心を通るように楔の広げる角度を調整するのだ。広げた状態でメタルプレートで固定し、楔を人工骨で埋めていく。この時、化骨がうまくいくように人工骨をいかに埋めるかが重要なのだそうだ。(執刀医談)

無事、人工骨を埋め込んだら、患部に血抜き用の管を入れ皮膚を縫合。メタルプレートはそこそこ大きくて、その部分を触ると当然硬い。異物が体内に入っているだけに妙な感じだ。術後は3時間寝たまま。尿用の管は麻酔が切れる前に抜いてもらったので、尿意を感じだと気は、痛みに耐えて自ら尿瓶を使っておこなった。だが、3,4回目まで、尿道が強烈に痛んだのだが、あの痛みは二度と経験したくない。

メインの手術と書いたが、ではサブはあるのかと思われると思うので、ついでに書いておく。実はもともとの膝痛の原因は半月板損傷で、内側の後方の箇所が痛んでいた。同時にその部分の軟骨も傷んでおり、この2つについては、骨切りに先立って手術を行なっている。内視鏡での手術だが、東京逓信病院はこの分野では世界的に有名なようだ。

術後の幹部の痛みは筆舌に尽くしがたく、今思い出してもゾッとする。でも、手術はうまくいったわけだし、痛いのは生きてる証拠だと言い聞かせ、我慢強くリハビリに耐え、術後1週間あたりから、ストレートレッグレイズがなんとかできるようになった。当初は両手で支えないと上がらなかった右脚だが、おそらく筋力が無くなったのではなくて、痛みによって脳が筋力を発揮しないように制御していたのではないかと思える。

現在のリハビリは体重の半分を右脚にかけることができるレベル。明日(2月19日)で術後3週間になるが、おそらく体重の4分の3までの荷重にレベルアップされるはず。予定では術後4週間で退院だが、その時の自分が全く想像できないので、今からやたら不安に苛まれている。おそらく松葉杖無しでの歩行は無理だろう。