2020年1月29日に脛骨高位骨切り術により、右脛骨の膝関節に近い部分を切り込みを入れ、グッと開いたその隙間に人工骨を埋め込み、チタンプレートで脛骨を固定する手術を受けた。開く角度は171度。これは大腿骨と脛骨の正中線(専門用語ではないので失敬)が1771度ということであり、相当きめ細やかな手術であるのだ。ただ、実際動画(つまりボカシ無しの本物映像)を見ると、日曜大工っぽいオペであることも感じる、そんな手術なのだ。
ググればわかるので、細かな説明は省くが、171度にすることで、それまで右の膝の内側の関節にかかっていた負担を逃がすことができ、摩耗しているとされる軟骨の再生処理と相まって、抜釘後は相当快適な生活を送ることが可能だそうだ。ただ、チタンプレートが人間の身体と相性が良いとはいえ、異物には変わりなく、これに通常より敏感に反応したであろう自分の身体は、ところどころに歪が見られ、右の脊柱起立筋、広背筋、左の腸脛靭帯、鼠径部の不具合は1年続いたのだ。
2021年1月20日入院。10時に到着すべきところ、11時と勘違いしていて遅刻。それでも、焦っても仕方が無いと腹をくくり、「遅れます!」と病院に連絡。堂々と40分遅れで入院手続きを終え整形外科6階東病棟へ。迎えてくれたのは、前回の手術の時に嫌な印象を持った看護師(女)だった。言い方が嫌味っぽくて、癇に障るのだ。それに言わなくていい一言が多い。当時、同部屋だった男性患者も似たような思いを持っていたようだ。どこにでもああいう人はいるもので、今回は気にしない、あまり関わらないようにしようと決めた。
さて、手術より心配なのが血圧だ。前回は170-100ぐらいの血圧で、さすがにその値では全身麻酔など不可能ということで、延期。2週間循環器内科で血圧治療を受け、めでたく本来の手術となった経緯がある。果たして血圧は?担当の看護師さんも事情を知っていたのか、「よかったですね、129-87ですよ!」と笑顔。この数値で一気に肩の荷が下りた気がして、急に眠くなってしまった。
手術は21日午前9時から。8時には手術着に着替え、お迎えを待つ。執刀医の先生が「今日はよろしくね」と挨拶に来られた。相当高名な名医だが、とても気さくな方だ。もっとも尊敬できるのはネガティブなことを一切言わないことだ。脛骨高位のこの手術を躊躇なく受け入れたのも、この先生の人柄によるところが大きい。
今となっては手術直後のことは記憶に無い。確か、腹が空いただとか発したのではなかろうか?前日は夕飯の後は何も食べず、お茶だけ。朝は抜きなので、ほぼ胃には何も残っていないはず。カステラぐらい消灯前に食べておけばよかった。
部屋に戻り3時間ほど人工呼吸器を付けて寝たままでいなくてはならない。正直、この時間が一番苦しい。動いてはダメで、当然トイレにも行けない。今回も尿瓶を使わせてもらい2回ほど用を済ませた。特段、水分を摂取していなくても案外大量の小水が出るものだなと再確認。通常、小便器に向かって済ませるだけで、瓶に入れるなんてないからね。検尿の時以外。
1回目の手術と同じ個所を切開して、脛の骨を固定していたチタン・プレートとボルト10本ほどを抜釘。当然だが、ボルトが入っていた箇所は穴が開いているし、プレートが付いていた辺りは他の箇所に比べて化骨が進んでいない。完全に穴が埋まるまでにはどのくらいかかるのだろうか。また、切開した箇所の皮膚のツッパリにより、膝関節の屈曲が術前より相当悪くなり、痛みも抱えることになった。まずは、リハビリで覚えた膝関節周囲の皮膚を柔軟にするマッサージと膝蓋骨を上方に引っ張り下腿の伸展、屈曲を行なうしかない。屈曲時に膝回りがグキグキ音がするが、決して嫌な感じはしない。
術後1回外来受診をしたが、傷口の確認はせず。抜糸はいつですかと尋ねると、抜糸は無いとのこと。中で縫い合わせて、上皮は縫い合わせていないのだと。次回、詳しく尋ねる必要があると思い、深い質問は避けた。縫合した半月板の回復具合は良好で、関節軟骨がところどころ再生してきている様子が内視鏡検査で撮影した画像で確認できた。だが、これが軟骨だと説明されなければ何が何だかわからんというのが正直なところだ。
術後感じたのは、膝関節の伸展位が伸びたこと。これで骨格に体重を載せて立てるようになれたわけだが、どうしても四頭筋優位の脚の運びになるため、四頭筋や内側広筋が非常に張りやすい。こうなると膝周囲の筋肉が硬くなり、膝の伸展を阻むことになる。普段から伸展位に気を配ることと、膝に近い部分の四頭筋や内側広筋を毎日解すように心がけるしかない。
プレートを外した今が本格的なリハビリの始まりだ。気持ちをポジティブに保ち、元の動きを取り戻すために精進してきたい。